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【「鎮魂」———アウシュビッツの教会で能を舞う】

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アウシュビッツ収容所の近くの教会で、新作能「鎮魂」が観世銕之丞さん一行によって舞われた。作者は、元駐日ポーランド大使で、今はワルシャワ大学で「能」について教えていらっしゃるヤドヴィガ・ロドヴィッチさん。

 

教会の祭壇には、アウシュビッツの縦縞の囚人服を着た人々が、途中でその服を脱ぎ捨て、一人一人の人間になって、天へ登っていく姿が煉瓦色で描かれている。

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「鎮魂」では、福島の津波で息子を失い、汚染された家にも帰れなくなった男性が、巡礼の旅でアウシュビッツの収容所を訪れ、自分は「1942年にアウシュビッツで、戦場に行った父親と会えないままに死んでしまった息子だ」という掃除人と出会う。

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掃除人は熊手で灰を梳きながら、「灰をくしけずるのは至難の技だが、時に葬られざるものの遺骨が出てくる。私はそれを探し、この箱に収める」と小さな箱を胸から取り出す。

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「骨という骨は、それ一個が世界の雛形。丁重に扱わねばならぬ」と言う。
それを聞き、日本から来た男は未だ遺体さえ見つからない息子のことを思う・・・。

 

 

日本人が出会う災難の多くは、天災だ。
地震であり、津波であり、洪水であり、台風であり、噴火であり・・・。
人々はどれほど嘆き悲しんでも、そこに怒りをぶつける対象がない。天を恨んでも、仕方がない。

だから、長い歴史の中で、日本人は「全てを水に流して」、悲しみを胸に秘めたまま、壊れた家を片付け、生き残ったものは、日々の生活を営み、前に進み続けることを覚えたのでないかと思う。

 

しかし、私がイスラエルで出会ったユダヤ人たちの場合は全く違う。
彼らの身に降りかかって来た災厄のほとんどが人災だった。
国を失ってヨーロッパに散り散りに逃れたユダヤ人たちの多くは、「異教徒」と蔑まれ、狭いゲットーに押し込まれ、いわれなき暴力を受け、為政者の気まぐれで国を追われ、時には虐殺されて来た。

 

 

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だから、彼らは忘れない。自分たちの民族の上に降りかかった災厄を記憶に焼き付け、さらなる災厄から身を守ろうとして来た。1900年もの間。

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(写真はワルシャワ・ゲットーの入り口・正当な理由がなければユダヤ人はここから出ることはできなかった)

 

 

この「鎮魂」という能のなかには、二つの和歌が使われている。

「帰り来るを 立ちて待てるに 季(とき)のなく 岸という文字を 歳時記に見ず」
平成24年歌会始めにおいて皇后陛下が詠まれたもので、
様々な海岸に佇んで、四季を分かたず、近親者の帰還を待ちわびる人々に想いを寄せられているという。3月の大津波で家族を失った人々のみならず、シベリア抑留で帰らぬ夫を待つ妻の想い、漁に出たまま帰らぬ息子を待つ母の想いを歌ったものだという。岸のあるところ、必ず待つ人々がいる・・・。

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もう一つの和歌は、天皇陛下のもので、
「津波来し 時の岸辺は 如何なりしと 見下ろす海は 青く静まる」
被災した人々の激励のために東北地方を訪れられた時の思いを詠んでいるという。
アウシュビッツでは、ユダヤ人の他にもロマの人々(ジプシー)、ポーランドの政治犯なども殺された。
キリスト教の教えが正しいのか、ユダヤ教の教えが正しいのか、神道の考え方が正しいのか、私にはわからないけれど、きっと残された人々の想いは同じだと思う。

どうか、亡くなった人の魂が安らかに、この世のくびきから自由になって、平和に眠っていますように・・・。

 

そう、ひたすらに祈るしかない。
「鎮魂」では、教会の鐘楼に、笛の音、鼓の音が美しく響き渡る。
白い装束を着けたシテが激しく舞う。

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「我は、その後の数え切れぬ死者に先駆け、身は数字の活字のように小さくなり、他の者たちと列をなし 一筋の煙に縋る蟻のように そのまま天に昇った」

 

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「私を呼ぶ声がする 風の音が聞こえる大地を渡る風は大地の息 波濤の下に漲る海の音 父よ 我は粗末な死の寝床から身を起こし 草原や林や古い獄舎を見下ろしつつ、 天をめがけて飛ぶ おお 世界は緑の庭」

 

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「我が身は木々や虫たち 魚たちの餌となる 今、我は自由なり!」

 

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あまりにも多くの人の命が失われたこのアウシュビッツの地で、この「鎮魂」という能が舞われた意味を考える。

「鎮魂」———— まさに、この題そのまま。

能には、元来、此の世に思いを残して亡くなった人の心を聞くことで、その供養をするという一面もあるのだから。
少しでも亡くなった方々の魂が慰められたら・・・と祈る。

きっと舞われた観世銕之丞さんも、謡や演奏の方々も同じ思いであったろう。

 

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