松富かおり 公式ブログ

Kaori Matsutomi Official Blog

世界の今と日本

【アウシュビッツの地に立って】 Standing at Auschwitz

2016/08/30

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アウシュビッツを訪れた。(English follows)

アウシュビッツとビルケナウ。この隣り合うふたつの強制収容所に1940年から5年間にわたって、160万人の人々が収容され、その多くが殺害された。

ポーランドの政治犯、司祭、ジプシー、銀行家、商店主、主婦。
ワルシャワ、オスロ、パリ、リヨン、プラハ、ローマ・・・。ナチスが占領したあらゆる都市から、ぎゅうぎゅう詰めの貨車に乗せて連れてこられた、様々な国籍の、様々な職業の人々。

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けれども、その90%はユダヤ人だった。この収容所だけで、約110万人のユダヤ人が命を失った。

水も食料も与えられず、息も絶え絶えになって貨車から降ろされた人々の75%は、そのままガス室に送られた。反抗が起こらないよう、スーツケースには、「後で回収するために」と名前を書かされ、「シャワーを浴びるため」にと更衣室で衣服を脱がされた。
巧妙な手口。

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トランクには、後でなんとか自分のものを取り戻したいと必死で書いたのであろう、持ち主の名前が大きく記されていた。

取り戻せるチャンスは、全くなかったのだけれど・・・。

 

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アウシュビッツで使われたガスは、直径15センチほどの缶に入った殺虫剤。チクロンBは青酸系のガスで、被害者は苦しんだはずだと、ガイドの中谷さんから教えられた。幾つかの収容所では、苦しみの少ないガスが使われていた、と聞いていたので、ショックだった。
「ここで亡くなった方達が、もしかしたら、あまり苦しまずに済んだかもしれない」などという私のちっぽけな自分への気休めなんて、あっという間に粉々に砕けた。

110万人もの人々は、「殺虫剤」によって、もがき苦しみながら、亡くなったのだ。

更衣室から、体を洗う「シャワーが出る」はずだったガス室。天井にはガス送り込むための穴がいくつも空いていた。
そしてそこにつながる焼却場。この白い模型はイスラエルの「ヤド・バシェム」−−ホロコースト・ミュージアムで見たものと同じだった。

ナチスは、「いかに効率的に『作業』を行ったか」を誇るために、様々な資料やフィルムを残している。皮肉なことに、そんな「記録」が、70年経った今も、彼らの残忍な所業を語ってくれる。

 

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収容された女性たちの髪の毛がうず高く山になって保管されている。彼女たちの髪は、動物の毛と混ぜて、絨毯などを作るために刈られたのだという。
長い年月を経て、様々な色であったろう髪は、すべてグレーに変色していた。この髪を刈られる間、女性たちはどんな気持ちでいたのだろう。彼女たちは、持てるすべてのものを奪われたのだ。

ここだけは、遺族の気持ちを考えて、写真を撮らないで欲しいと言われた。本当に。もし、母の髪が、祖母の髪がここに混じっていたら、どんな思いで、無造作に積まれ、変色したこの髪を見れば良いのだろう・・・。

 

歩いても、歩いても、まだ先に収容棟が続く。

今は8月。収容棟の間には、緑の草の中に黄色い小さな花も咲いているけれど、冬にはマイナス20度にもなるこの地で、人々は、どれほど辛い冬を過ごさなければならなかったろう。小さな女の子が花を摘んでいる、「今の風景」がことさらに、風化した時間を感じさせる。

 

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「人が、人をただひたすら効率よく殺すために造った気の遠くなるような、壮大でグロテスクなシステム」。———アウシュビッツは雄弁に見せつける。その残酷さを。時間を超えて。

 

1、この地が選ばれたのは、一つには、ヨーロッパ中の各都市から人々を効率よく運んでこられる鉄道があったこと。

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2、また、大都市からは離れていて、この鉄条網の中で行われていることを多くの人に見られる恐れがなかったこと。(もちろん、近くに住んでいた人々は、煙突から出る煙を見、次々に運び込まれる人々を乗せた貨車がつくのを見、薄々、何が行われていたのかを知ってはいたのだけれど、当時、それを大声で話す勇気のある人はいなかった。それは、自分の「死」を意味していたから)

 

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3、そして、門に「働けば、自由が手に入る」というあまりにも皮肉な文字があるように、あくまで、「強制労働収容所」であることにこだわったナチスにとって、近くに労働力を必要とする鉱山と工場があるという事実が必要だったのだという。

しかし、多くの人々にとって「働けば自由が手に入る」なんて、嘘っぱちだった。
貨車から降ろされてすぐ、「働けるもの」と「働けないもの」に振り分けられ、女性や子供、老人、体力のなさそうなものは全てガス室に送られた。
75%は、「働けないもの」、「役に立たないもの」だった。

ナチスは対外宣伝用に、花畑や、プールまで作っていた。夏でも、およそ外では泳げる気温にはならない北の地であるのに。

 

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アウシュビッツを歩いている間、私はずっとユダヤの人々の声を聞いていたような気がする。

 

「何故、何故、私たちは、ユダヤ人である、という、ただそれだけの理由でヨーロッパ中から狩られ、集められ、殺されなければならなかったの?」

「何故?何故?」

 

70年経った今でも、世界はその問いに答えていない。
今でも、多くのヨーロッパの国々で、反ユダヤ人感情は消えずに残っている。

どれだけ書物を読んで調べても、様々な国の人に聞いても、「聖書の昔、ユダヤ人がキリストを殺すことを主張したからだ」という答えが最初に帰ってくる。
その罪を2000年経った今、問うのか?
史実に即してはいないかもしれない罪を?(後に書かれた新約聖書では、ローマ総督ピラトの決定ではなかったと印象付けるために、政治的な判断が入ったという学説もある)

 

そのほかに出てくるのは、中世、「ヨーロッパで黒死病が流行った時に、井戸に毒を入れたのはユダヤ人だった」という噂。
証拠は?と尋ねると「ユダヤ人地区では死者が少なかったから」という呆れるような返事が返ってくる。

 

「儀式でユダヤ人はキリスト教徒の少年の血を使っている」という、これも根も葉もない噂。

 

「ユダヤ人が世界征服を狙っていた」という発言に至っては、言っている人の理性を疑う。

当時のユダヤ人は、移民したヨーロッパ社会への同化を進め、「せめて、人並みの人権を得たい」と努力していた。

 

ナチスが掲げたのは、「優秀な民族であるドイツが第一次世界大戦で負けたのは、ユダヤ人がサボタージュしたからだ」という「陰謀説」だった。
それを理由に、ナチスは「ユダヤ人を狩ること」で、彼らの財産を没収し、敗戦で誇りを失っていた人々に「蔑む対象」を与えることで、国民の士気の高揚を図った。

 

ヒットラーの生まれた国、オーストリアでは、1938年、数十万の熱狂した市民がヒットラーのオーストリア併合とドイツ軍の進撃を歓迎した。
翌月行われた国民投票ではなんと99.9%のオーストリア人がヒットラーを歓迎したのである。
その後、オーストリアでは、ユダヤ人迫害に一層の拍車をかけることになる。

 

どんなに本を読んでも、調べても、ユダヤ人の絶滅を行わなければならないような合理的な説明は出てこない。

当時、ヨーロッパには約1000万人のユダヤ人がいたと言われる。
そのうちの約600万人が、ホロコースト(絶滅計画)によって殺された。
「600万人」という言葉は嫌いだ。すでに、流布されすぎて、ただの記号になってしまい、時に、その重さが忘れられる。

だから、こう置き換えて読んでほしい。
今日本人が1億3000万人としたら、その3分の2近くが、わずか5年の間に意図的に殺されたのだと。つまり、約8000万人の日本人が、数年で殺された事になる。
理由は、ただ、「日本人である」、それだけだ。

そう考えると、少しだけ、その重さが感じられる。
世界で起こっている全てのことは、自分の身に置き換えてみなければ、実感することはできない。
5年の間に、日本人8000万人が殺されたら、私たちはどう感じるだろう?
私たちは、どう行動するだろう?

イスラエルを建国したユダヤ人たちに「過剰防衛だ」と非難する声がある。
その人は、8000万人の日本人が殺された時に、日本という国が、あるいは、どこかの土地で生き延びた日本人5000万人が、「過剰防衛」にならないと本当に思っているのだろうか?

自分の家族5人のうち、3人が殺された世界で、「過剰防衛」的な心理状態にならないでいられるというのだろうか?

 

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収容所内では、一部のユダヤ人に特権を与え、ユダヤ人がユダヤ人に命令し、監視するシステムが作られていた。互いに不信感をもち、軋轢を作り出すことで、ユダヤ人が団結して反抗することを防いでいた。
ナチスの統治システムは、巧妙だった。

人間が、「命令」を受け、それを果たすことを「使命・義務」と感じた時に、どれほど無感覚に、対象———この場合はユダヤ人———に酷い仕打ちをすることができるようになるか、大学で社会心理学を専攻した時に学んだつもりだった。

環境がドラスチックに設定され、それが完璧であれば、———個人の性格・倫理観に関わらず———人は、その環境に順応するように自分の心のセッティングを変えてしまう。

例えば、今、私は、「人間が同じ人間に対してこれほど残酷になれるなんて信じられない」と思っている。憤慨し、悲しんでいる。

しかし、自分が、その“完璧に設えられたセッティング”の中に置かれた時、どこまで、「今の自分」を維持することができるのか−−−不安にも思っている。
人の心は、それほどに脆い。

 

無差別に被験者を看守と囚人の役の二つのグループに分け、地下の擬似監獄で行われた「ジンバルドの実験」。
すべての所持品や衣類を没収し、看守には看守の制服を与え、囚人には−−−彼らは名前を使うことは禁止され、ナンバーだけが振り分けられた−−−囚人服が与えられた。
「囚人たち」は、牢の中に入れられ、常に看守の監視下に置かれた。
看守には命令に従わない囚人を罰する権限が与えられた。

この実験は、当初の予定をはるかに短縮し、たった2週間で打ち切られた。
看守のグループには、暴力的で、攻撃的な傾向の増加が顕著に見られ、逆に囚人役のグループには自己否定、虚無感など、心理的ストレスの兆候があまりにも強く現れてきて、人道的な見地から、「これ以上実験を続けることはできない」と判断されたためだ。

被験者には、「これは実験であること」が前もって明確に説明されていた。囚人役のグループには、「彼ら自身には何の罪もないこと。無作為に振り分けられただけである」との説明もされた。看守のグループもその同じ説明を聞いていた。

にもかかわらず、わずか2週間の間に、彼らの「心のセッティング」は狂い始めてしまった。

 

アウシュビッツでは、それをはるかに上回る過酷な状況が5年間も続いたことになる。
所持品や名前を奪われるだけでなく、餓えや寒さや強制労働があった。

中谷さんから、「戦後逮捕されたナチス親衛隊関係者は、誰一人、謝罪していない」と聞かされた。

信じられない。

看守の中には、家庭を守り、自分の妻や子供や老いた両親をいたわる「良き父親」だっていたはずなのだ。
その人々が、誰一人、600万人ものユダヤ人を家畜のように扱い、虫けらのように殺したことを悔いていない。謝罪していない。

本当に、彼らは後悔することがなかったのか?
本当に、夜、過去から蘇ってくる悪夢に悩まされることはなかったのか?

もし、それが本当ならば、「人間の心」というのは、一体、何なのだ?
得体の知れない暗い深淵を覗き込んだような気がして、私はたじろいでしまう。

このアウシュビッツの地に実際に立ち、ほんの70年前にここで生きていた様々な人々の心に想いを馳せることができてよかった。
悲しかったけれど、辛かったけれど、この経験こそが、いつか自分が同じような立場に立たされた時に、「自分の心」を強く持ち続けるための防波堤になってくれるはずだから。
自分は、彼らのように、なりたくない。どんな立場にたっても、少なくともできうる限り、人間的でありたい。
「ジェラシー」「軽蔑」「苦境」「怒り」「憎しみ」———そんなものに自分の心をコントロールされたくない。
もし、何か「悪」が隠されていたら、私は、きっと見つけ出す。
そして、警告する。

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多くの友人たちの顔を思い出しながら、そう誓ったこの瞬間を持ててよかったと思う。
いつも、始まりは緩やかに進み、「これから本当に起ころうとしていること」を見いだすことは難しい。しかし、ある時から、ことは「坂を転がり落ちるように」進み始め、そうなったら、止めることはとても難しい。
しかし、このアウシュビッツで起こったような「あまりにも悲惨な結果」を招くことは、なんとしても避けなければならない。
だから、私たちは、決して「人としての理性」を失ってはならない。
「集団的な憎しみ」を自分たちの中に育ててはならない。
この、北の地に来て、心から、そう思う。

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【 Standing at Auschwitz, the bleak testament of holocaust.】

I have visited Auschwitz.

Auschwitz and Birkenau. These two Concentration Camps stand next to each other and about 1.6 million people were killed in these camps in 5 years beginning in 1940.

These included Polish civilians, political prisoners from throughout the Reich, Catholic priests, Gypsies, communists, bankers and housewives…
They were from Warsaw, Oslo, Paris, Lyon, Berlin, Prague, Rome…..
From all the cities and villages that were occupied by the Nazis, they were packed in trains to be brought to these concentration camps. They were of many different nationalities and occupations.

Despite the great geographic and occupational variety of victims, however, one group was overwhelmingly singled out for destruction in these ruthless killing machines: 90 % of them were Jews.
Around 1.1 million Jews lost their lives in these two camps.

75 % of the people brought here after long hours of hard time without water, food, or even a space to sit on the train were sent to the gas chamber directly from the station.
They were told to write their names on the suitcases so that they could retrieve the own belongings later. They were told they needed to take showers to clean their bodies. They were all lies to keep them from resisting. It was a well laid plan.
I saw a suitcase with the name written clearly. I could imagine the man writing his name desperately in order to get his baggage later.

They used Zyklon B, a pesticide, to kill victims. They were in cans of 15~16cms in diameter.
I had read that in some camps they used a gas which could kill people without much pain. But our guide, Mr. Nakatani, explained, “Zyklon B was hydrocyanic pesticide and people suffered badly.”
It was a shock. The cheap consolation of mine, “Maybe, maybe people could finish their lives without such suffering…” was crashed in a moment.

1.6 million people were slaughtered by horrible “ pesticide ” here in pain.
I was devastated.

The so-called “ shower room ” had many holes on the ceiling. They delivered the gas through the holes.
The gas chamber was connected with the incinerator rooms.
There was a model similar to the one I have seen in Israel.

The Nazis kept many materials to prove how efficiently they performed “ the works ”. Thanks to the Nazi’s passion for cataloging their efforts, even 70 years later, pictures and video footages show us clearly what cruel things they did with their wartime passion.

I went into a room where they keep the hair of women. The hair was cut from women to make carpets intermixed with the hair of other animals. The mountain of hair has changed color to grey in 70 years.
I wonder how those women were feeling while they had their heads shaved. They took everything from these prisoners. Nothing was spared.

The guide said that they do not allow people to take photos in the room.
I tried to imagine how I would feel if the hair of my mother or my grandmother was in the stack.

Building after building … I could not see the end of the camps until the very end of a long day.

Our visit was in the middle of August and we could see some yellow flowers in the green between the buildings. A girl was picking them.
But in winter it could be below -20C degrees in the camps.
The winter must have been fearful for the people held here with little food and light uniforms.

“Grotesque massive systems designed and constructed with the sole intent to kill people with an efficiency and cruelty beyond imagination ”; after many decades, the camps in Auschwitz and Birkenau still serve as stark reminders of the cruelty that human beings are capable of, and will no doubt for many centuries.

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The reasons why the Nazis chose this place for the biggest concentration camps were as follows:

1, There were railroads here that connected to many cities in Europe, so that the Nazis could import Jews from all over the Reich easily

2, It is relatively far from the highly populated cities, so that there should not be too many people who could witness what was happening in the fenced premises.
(The people living near the camps could imagine what kind of things were taking place, because they saw the trains taking so many people every day and the smoke coming out of the chimneys. They, however, could not talk about it, because talking about any activities within the Nazi’s military jurisdictions could mean their own death…)

3, The fact that there were mines and factories near the camps was important for the Nazis, since they still wanted to make the outside world believe that they were forced labor camps. The sadistic and ironic motto emblazoned on the entry gate, ‘Arbeit macht Frei’, or ‘Work will set you free’ bore false witness to this desired impression.

But we now know the words on the gate were an absolute lie for many people taken here.
Right after getting out of the train, they were divided into two groups.
One group consisted of the people who could work. And the other group consisted of those who could not.
The children under 14 years old, many of the women, older people and physically fragile men…were all judged as those who could not work, who were not useful to Germany.
They were 75% of the people.
How could they find an overwhelming majority of humans to be useless?

The Nazis even landscaped in flower gardens and built swimming pools for the detainees, despite the weather that remains too cool for swimming outside even in much of summer, just for the PR message to the outside world.
Again, it was a meticulously well-laid plan.

 

All time while I was walking the premises, I had been imagining the heartbreaking cries of the Jews, as they must have asked,

‘Why? Why must we be hunted, gathered from all over Europe and killed just because we are Jews? ”

“ Why? Why? Please tell us why? ”

 

After 70 years, the world still has difficulty answering this question.

I can feel that anti-Semitic emotions still live on in many European countries.

 

I have read many books and asked questions to many people from many countries to try to understand why is there still this negative attitude and discrimination against Jews.

 

An often-quoted historical explanation is, “Because the Jews killed Christ.”
I want to ask them if it is fair to punish them because of the action taken 2000 years ago – particularly when Christ was a Jew himself.

The New testaments could be written with some political judgement in Roman period.

 

Is it logical as a basis for hatred and discrimination 2000 years later?
NO.

 

There were some rumors that when the plagues killed so many Europeans in the middle ages, it was Jews’ deed to poison the well to kill Christians.
I researched why some believed this to be true.
The answer was, “ It is because the Jews did not die from the fatal disease.”
Is that a convincing evidence?
NO.
Jews had very hygienic traditions and those protected Jews from the disease in such trying times.

 

Some say, “ Jews uses the blood of the Christian boy for the ceremony.”
There is no evidence and many of modern historians believe they were just rumors without any grounds.

 

Some people say, “Jews planned to conquer the world. ”
I suspect that people had the habit to conjure up discriminatory explanations based on a tribal hatred, without reason or logic.

 

The Nazis used the rhetoric that one reason why Germans, the most splendid ethnic people, lost the First World War was due to the “sabotage” by Jews in those days.
Armed with such logic, and a desire for revenge, they hunted Jews and confiscated the asset of the rich Jews.
At the same time they served as objects for the Germans, who lost pride after the lost war, to look down upon – a necessary scapegoat, to ease their feelings.

 

Tens of thousands of Austrian people welcomed Hitler’s annexation of Austria to Germany and welcomed German troops entering Vienna. The poll taken in the next month showed the 99.9% of Austrians supported Hitler.
The discrimination and persecution of Jews in Austria accelerated dramatically thereafter.

 

I tried to find any logical foundation for this inhumane plan to exterminate an entire people, and read so many books and asked so many people with various nationalities in vain.

At that time, they say there were 10 million Jews in Europe.
As many as 6 million Jews were killed in the Holocaust by the Nazis.
I do not like the expression of “ 6 million ”, because it is used too often and becomes like a symbol, which no longer carries the gravity it should keep with it.

To understand it within the context of my national identity,  I want you to think in this way.
There are almost 130 million Japanese today.
If two thirds of the Japanese were killed intentionally in 5 years, it would mean that 80 million Japanese would have been killed in a concentrated period.
The only “reason” would be simply because we were Japanese.

 

If you think in that way, you might be able to feel the significance of the number “ 6 million ”.
We cannot feel exactly what is happening in the world if we do not put ourselves in their shoes.
How would we Japanese feel if as many as 80 million Japanese were killed in 5 years?
How would we respond?

 

There are so many people, especially in faraway and Pacifist Japan, who blame the modern Israeli state for responding with excessive self-defense to current threats. However, does anyone believe that if Japan as a nation state, having lost 2/3rds of its people a generation of two earlier, would not react powerfully and assertively, after such a horrible experience to newer threats?
Would not we feel that we must protect ourselves at all cost after such a holocaust against ourselves?

When 3 of family members among 5 were killed, are we sure we wouldn’t be overly protective?
I doubt that we would be any different.

 

In the concentration camps, there were systems in which some Jews were given privileges to order or supervise others inmates. These were well laid schemes designed to divide the Jews.
With such systems in place, not all Jews could trust each other, which lessened their ability to revolt as a united group.

The ruling systems of the Nazis were brilliant.

 

I majored in social psychology at Tokyo University and learned the simple fact that when people get orders from their superior, and when they feel it is their assigned mission, if not their duty, to execute the order, many people can be cruel to others, as in this case to the Jews, without any feeling of guilt. No guilt is felt, as they were ‘merely following orders’.
This rationale was used by most of the Nazis who ran the concentration camps, from the lowest to the highest.

Human beings tend to reset their mindsets to adapt to the environments, particularly if the environments are well designed.

I am furious and so sad to think it is not only possible, but fully proven that we humans can be so cruel to other human beings.

I, however, doubt at the same time, whether I could maintain “myself” if I were put in such a grotesque and abnormal “perfectly designed setting ”.

 

I learned about a famous social psychology experiment.
The psychologists divided the examinees into two groups at random.
One group of the examinees were appointed as wardens and given the warden’s uniforms.
Another group were treated as the prisoners. They confiscated the clothes and all belongings from the examinees in this group. They were called with numbers and not allowed to call each other with names.

They set the pseudo-prison under ground and put the “ prisoners ” in jail cells and put them under the vigilant watch of the wardens for 24 hours a day.
The wardens were given the right to punish the inmates, if the prisoners did not obey.

This experiment was aborted after 2 weeks - much earlier than planned, because the psychologists could clearly observe the tendency of violence and aggressiveness increased in the first group, while the second group showed tendencies of self- denial, apathy and too much psychological stress.

The psychologists came to the conclusion that it would be impossible to continue this kind of experiment any longer from a humanitarian point of view.

I double checked, and learned that the examinees were all told, “ This is only an experiment. The assigned prisoners were chosen at random and they have no fault or reason to be prisoners.” The examinees who were appointed to be the wardens got the same explanation beforehand too.

Despite those safeguards, the mindsets of most of the examinees had changed dramatically, within just two weeks time.

 

In the camps in Auschwitz, the situation had lasted for as long as 5 years and the environments were far worse. The detainees were not only stripped of all of their belongings and names, but also they were constantly starved, and forced to perform heavy labor in unimaginable coldness.

When I was told by the guide, Mr. Nakatani that no SS members arrested afterwards had apologized for their deeds, I was shocked.

I could not believe that.
How could it be possible?

There must be some “ good fathers ” who loved their wives and children and took good care of their old parents.
And yet not one of them had made apologies after treating the inmates like animals, and after killing them like harmful insects.

Had they not come to regret their involvement?
Haven’t they suffered from nightmares?

How could it be possible?

If it is really true, what does it tell us about the “ minds of human beings ”?

I was standing there confused and shocked.
I was watching the deep darkness of the human beings.
How deep and how dark can we be?

Although it was very hard and depressing, I am glad that I went there.
This experience will make my mind tougher and stronger under any circumstances.
It will be a barrier to let my mind weaken under the duress of hardship, jealousy, anger or the petty hatreds which confront us all from time to time.
I will struggle to remain humane.
If the evil is hidden, I will find it out and I will warn about it.
I will do my best to hold my right mind as a humane being.
I will my level best to not fall in the trap that is the start of that slippery slope.

Thank you my dearest friends, for encouraging me to visit this bleak testament to the worst of mankind’s cruelty and tribalism, and the devastating consequences that can result, if we lose our collective reason and give in to collective hate.

 

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