松富かおり 公式ブログ

Kaori Matsutomi Official Blog

世界の今と日本

ニースの悲劇 革命記念日に起こった惨劇 (English follows)

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「ニースの悲劇」が起こったのは、7月14日深夜。English follows after Japanese.
バスティーユ・デイを祝う人々の中に、チュニジア系フランス人の運転する大型トラックが、意図的に突っ込んで来て、84名もの市民の命を奪いました。

この日は、世界中のフランス大使館で「フランスの革命記念日」を祝うレセプションが開かれます。フランス革命は、自由、平等、博愛を掲げた「市民革命」で、絶対王政を倒した、「近代の夜明け」でもありました。

私も、ポーランドのフランス大使公邸で行われたガーデン・パーティに参加していました。
トリコロールカラーをデザインしたステージ、庭に置かれる椅子も青・白・赤の3色。
人々は、祝杯をかわし、笑いさざめき合っていました。平和な時間・・・。

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楽団が、フランスとポーランドの国家を演奏した後に、ベートーベンの第9番交響曲から「歓喜の歌」を演奏したのが印象的でした。
これは、 EUの「欧州連合歌」です。
私はこの第9は「すべての人類への礼賛の曲」だと思っています。
この曲をEU統合の象徴とすると決めた背景には、どんな「思い」が込められていたのでしょう?

それから、わずか数時間後に悲劇は起きました。

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【バスティーユ・デイ】 

フランスでは、18世紀末、対外戦争と宮廷の奢侈な生活を支えるため、財政が悪化。国民は高い税にあえいでいました。

ヴォルテールやルソーの、「社会契約説」などの啓蒙主義的考え方が広まり、民衆は「国会」の開催と「憲法」の制定を求めました。しかし、話し合いは進まず、1789年7月14日、パリの民衆のバスティーユ牢獄襲撃の暴動が起こり、革命に転化しました。

1793年に王政の廃止。国王ルイ16世と、王妃マリー・アントワネットは処刑。その後ジャコバン派のロベスピエールが急進的な共和制を目指し、反対派を次々とギロチンにかけ、「恐怖政治」を行います。(彼自身も、やがてギロチンの刃の露と消えることになるのですが・・・)

その後の混乱の中で、ナポレオンが登場し、帝政が始まります。

・・・そんな血みどろの歴史を乗り越えて、今、フランスはドイツと共に、民主主義を掲げるEUを支える大国となっています。

 

【フランス革命の精神的支柱となった「自由・平等・博愛」】

<自由>

2015年、風刺漫画で知られた政治週刊誌「シャルリー・エブド」のテロ事件から始まった一連のテロ事件で、17人が殺害されました。
事件後、「Ju suis Charlie」(私はシャルリーと共にある)というスローガンを掲げて多くのフランス人が行進した姿は、覚えていらっしゃるでしょう。
あれは、「テロには屈しない」そして、「私たちは言論の自由を守る」というフランス国民の強い意志の表れでした。

<平等>

フランスには、実は、今も「貴族制度」が残っています。
また、貧富の格差も大きく、意外なことに、階層間の移動が難しい「クラス社会」なのです。

<博愛

絶対王政時代から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの列強として、フランスはイギリスに次ぐ、世界第2の植民地帝国となりました。

第2次大戦後、民族主義の高まりを受け、その多くが独立。元・宗主国であるフランスは、北アフリカなどから多くの「移民」を受け入れました。
今、フランスの人口の8%程度は、イスラム教徒だと言われています。

しかし、彼らの「同化」はうまく進みませんでした。
異なる言語、異なる宗教、異なる生活習慣、そして、異なる価値観が、彼らの「同化」を非常に難しいものにしてきたのです。
フランスは、移民が社会に溶け込んだメルティング・ポットになることはなく、モザイク社会となってしまったのです。
人種や宗教による差別も、根強く残っています。どれほど政府が努力をしても、この毎日の生活から起こる、あるいは民衆が肌で感じる「違和感」を取り除くことはできませんでした。
孤独が、「差別されたものの苦しみ」が、一部の人々を暴力に駆り立て、それがさらなる偏見を引き起こし、さらに深い「孤独」と「差別される苦しみ」を生み出しています。この「負の連鎖」は、すでに止めようのないほど悪化してしまっているという悲観論すら生み出しています。

今回のニースのテロ事件は、そんな、「フランスが抱えるアイデンティティー・クライシス」を象徴する事件だったのではないかと思います。

 

ニースのテロ事件の翌日、私はフランス大使館を訪れました。親しい大使夫人にお悔やみの言葉を伝えなければ、と思ったから。亡くなった方々のために、せめて、花を捧げたいと思ったからです。
夫人はお留守でしたが、翌日、丁寧なメールをいただきました。
その中から一文をお借りして、フランスが抱える危機感をお伝えしたいと思います。

Our world is going through very strange times, with so many tragedies all around. Just when we seem to recover, as we did on July 14 when the sun came out during our party and spotting you ・・・・warmed my heart, tragedy strikes again…

「私たちの生きている世界は異常な時代になりました。あちこちで悲劇が起こっています。ようやく、過去の悲劇から立ち直ったと思った直後、14日の革命記念日に、雲が晴れて、陽光が射し始め、(パーティに集まった人々を)てらした直後に、またもや悲劇が私たちを襲ったのです。」

 


【The Nice tragedy on the Day of Bastille 】

 

The tragedy struck on the Day of Bastille.
A lorry driven by a man took the lives of at least 84 people in Nice.

 

The French embassies all over the world were celebrating the Revolution Day on the 14th of July.
I was among the some hundreds’ guests on the beautiful garden of the waq
The stage was designed with tricolor colors. Even the chairs set in the garden were colored with blue, white and red.
People were celebrating The French Revolution, which could be called the opening of the Modern Age with the values of Freedom, Equality and Philanthropy.
It was only several hours before the tragedy.
The band played the “ Ode to Joy” of Beethoven after the two national anthems.  The “ Ode to Joy” is the anthem of the EU. I believe that the “ Ode to Joy” is the “ adoration of all human-kind ”.
I wonder what kind of wish made them to choose this piece as the symbol of the EU.

 

After the Revolution so many waves of turmoil have took place and much blood has been shed in France.
But now France is one of the most important pillars to support the unity of the EU as the keeper of the set of the Modern values of Freedom, Equality, Philanthropy and Democracy.

 

< Freedom >

The terrorist attacks in 2015 killed 17 people, starting with an attack on the office of satirical magazine Charlie Hebdo.

We still remember many numbers of people took streets with the slogan, “Ju  suis Charlie”. It was the presentation of the strong wills of the French to keep the freedom of expression and never buckle under the violence.

< Equality >

They keep the aristocracy system in France.
Unfortunately, the gap between Haves and Have-nots is large.
It is the Class Society, in which the movements between the classes are not easy.

< Philanthropy >

France became the second largest colonial power in the 19th and the early 20th century next to only the Great Briton.

After the Second World War, many countries achieved independence in the wave of the Nationalism. Then France accepted many immigrants from the Northern Africa and tried to let them assimilate.
Now they say around 8 % of the population is Muslims.

However, to make all of them to assimilate to the society was not easy.
Different languages, different religions, different customs and different values made it very difficult. And it made French society to the Mosaic Society instead melting pot in which multinationals assimilate. Various racial and class discriminations are not easy to eliminate.

I have a concern that the atrocity in Nice symbolizes the “identity crisis” which the French society is struggling through today.

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