松富かおり 公式ブログ

Kaori Matsutomi Official Blog

世界の今と日本

ワルシャワ発 NATOサミット報告

2016/07/12

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金曜・土曜とポーランドのワルシャワで、  NATOのサミットが行われていた。

20ヶ国以上から元首や防衛大臣が来たのだから、交通規制も大変で、ワルシャワっ子達には不満も出るほど。

しかし、今のポーランドの大人達にとっては、そんなことを言ってはいられない。2014年、ロシアがクリミア半島を突然併合して以来、ポーランドもバルト3国(リトアニア・ラトビア・エストニア)も、次は、どの国が、野心にもえたプーチン大統領の標的になるかと真剣に警戒しているからだ

何しろウクライナはポーランドの隣国。ポーランドは、わずかだが、ロシアとも直接国境を接している。

これまでに、多くの専門家の口から、「すでに、第二の冷戦は始まってる」という言葉が飛び出すのを聞いた。

 

さすがに、いきなり「大戦争」が始まると考えられているわけではないが、例えばこんなシナリオ。
エストニアにはかなりの数のロシア語を話す人々がいる。その一人か数人が、何かの拍子に殺されたとする。
翌朝には、一晩のうちに移動してきたロシアの軍隊が、「ロシア人を守るため」という理由で国境に展開しているかもしれない。ウクライナでそうだったように。———— ロシアの軍隊の展開の速さは、中・東欧では有名だ。
すでにアメリカはヨーロッパの駐留軍を増強しているし、 NATO諸国も少しずつ軍備費を増やしつつある。

 

そんな中での Brexitは、ポーランドの人々にとって、衝撃的だった。

実は、Brexitが報道された2週間前の金曜日、私は様々な国の大使やポーランドの知識人たちとディナーを食べていた。
その時のポーランド人の言葉が忘れられない。
「離脱の報道を見て、私はすぐにスーパーマケットに走って、食料を山ほど買い込み、ガソリンも満タンにし、予備も買いました」
「え?どうして?」
「イギリスが離れたら、 EUの結束力が弱まります。そうしたら、隙を見て、いつロシアが攻めてくるかわからない。だから、非常時に備えて食料を確保し、万一の場合は、フランスまで、車で逃げられるように、ガソリンを買ったのです」

 

びっくりした。

 

彼は、イギリスで教育を受け、定年で引退するまでは、世界の有力紙「フィナンシャル・タイムズ」の記者をしていた。
田舎の、「ものを知らないおじさん」ではないのだ。
「つい数年前に家を買ったのですよ。ワルシャワに。でも、人生の最後になって、とんでもない不幸に襲われそうだ・・・。どうしたら良いのだ。」彼は一晩中、頭を抱えていた。

 

この話を ポーランドに長く住んで、法律を教えていらっしゃる鈴木輝二教授にしたら、「ああ、その人は『ベルリンの壁』が突如建設された時の経験が、記憶に強く残っているのでしょう。」とおっしゃった。
第2次大戦後、冷戦が始まり、東ドイツから西ドイツへの流出を食い止めようと、ソ連がベルリンを東西に切り離そうとした1961年8月13日、ワルシャワ条約機構に入っていた東側の国々のすべての軍隊が動員され、ワルシャワの街は夜中じゅう走り抜けるソ連の戦車の音に震えていたという。

 

翌朝行ってみたら、ワルシャワのどの食料品店の棚も空っぽだった。
「ベルリンの壁」建設は、8月13日0時の東西ベルリンの交通遮断から始まった。6時には、有刺鉄線で、東西の通行はほぼ不可能になり、13時には西ベルリンを取り囲む有刺鉄線の壁の建設がほぼ終了。二日後には、石造りの壁の建設が開始された。壁は順次増強され、総延長は155kmに達した。実質的には、東ベルリンの住民が西へ流出するのを防ぐためのものであり、東側陣営に住む人々を「封鎖」して、閉じ込めるためのものだった。壁を越えて、西ベルリンに逃れようとした人のほとんどが殺された。

 

ポーランドは1945年以来、約45年間、ソ連の共産主義政権に抑圧され、言論の自由を奪われ、ロシア語を話すことを強制された。街や森のあちこちにソ連の戦車部隊が駐留していて、国民を威嚇し続け、民主化運動に関わろうものなら、問答無用に逮捕された。
自分の息子が、夫が、父親が「カティンの森」で理不尽に虐殺された事実を知っても、それを口にすれば、逮捕された。場合によっては処刑された。
やがて、生産性が落ち、食料も品薄になり、人々はパン一切れを得るために、夜明け前から何時間も行列をしなければならなくなった。

 

 

そんな日々の始まりは、振り返ってみると、実は、あっという間だったのではないかと思う。
大戦中、ドイツとの戦争に気を取られていたポーランドが、終戦後ソ連の支配下に入ることになるのは、1944年、8月1日から9月末までのたった2ヶ月間に決定されてしまったとさえ言える。ポーランド人がソ連の意図に気付いた時には、もう、なすすべがなかったのだ。

18世紀にロシアなどに3回にわたって国土を分割され、1795年から1918年まで、123年もの間、「国」を失っていたポーランド人は、第1次大戦後、念願の独立を果たした。しかし、「自由」は長く続かなかった。1939年9月1日のナチス・ドイツの侵攻でポーランドは戦火に巻き込まれた。
もちろん、「ドイツ・ポーランド不可侵条約」はあったが、無視された。

 

1944年、大戦末期、同盟国ソ連に蜂起を呼びかけられたポーランド国内軍はワルシャワで蜂起し、ナチス・ドイツ軍と戦ったが、ソ連は約束通りには支援に来なかった。まともな武器すらない中で、ポーランド軍はナチス・ドイツ軍と絶望的な戦いを続けた。ヴィスワ川の対岸で、街が焼け落ちるのを傍観したソ連軍の眼の前で、ワルシャワは瓦礫の山と化し、ポーランド蜂起軍は壊滅。20万人以上の死者が出たと言われる。
8月1日に始まったこのワルシャワ蜂起に参加した主力に、ドイツ軍に壊滅的な打撃を与えられてしまったポーランド国民軍。
軍を失ったポーランドは、大戦終了後、西側の積極的な支援のないまま、ソ連の占領下に置かれた。国内にソ連軍が駐留したまま、傀儡政権が作られ、ソ連の衛星国として、45年間、「一党独裁体制」に支配されることになった。ポーランドはソ連とも不可侵条約を結んでいたが、その条約は、結局、国民を守ることはできなかった。

 

 

そんな厳しい歴史的な経験があるからこそ、Brexitの余波が日々の生活のそこここで感じられるここワルシャワでは、多くの人々が、オバマ大統領をはじめ加盟国の首脳や国防大臣が参加した NATOのサミットの行方を注視してきたのだ。

このところ、ロシアの空軍や海軍が、バルト海や黒海周辺で、大規模な演習や、事故を引き起こしかねない危険な飛行を行っている。
これも国民の不安を煽り立ててきた。

Meetings of the Defence Ministers at NATO Headquarters in Brussels- North Atlantic Council Meeting

 

サミット後の記者会見で、NATO事務総長ストルテンベルグ氏は、「今日、 私たちは、 NATOが21世紀に直面している危機に対し、抑止と防衛を断固とした決意を持って行っていくことで合意した」と発言。

具体的には、ミサイル防衛システムの構築やサイバー攻撃に対処していくこととともに、「 NATOの東方地域に、駐留軍を置くこと」で、「同盟国1カ国への攻撃は、 NATO参加国全体への攻撃とみなされることを明確にする」と中欧諸国の安全に NATO が全面的にコミットしていくことを明言した。

 

 

昨日と今日の会合で、28カ国の首脳たちは、ロシアの脅威から守るために、中・東欧の4カ国、ポーランド・リトアニア・ラトビア・エストニアに NATOの新しい駐留軍を配備することに合意した。
アメリカがポーランド、ドイツがリトアニア、カナダがラトビア、そしてイギリスがエストニアの NATO軍を軍を率い、フランスなども兵士を派遣する。配備されるのは合わせて3000〜4000人の兵士たちだ。2017年の早い段階での配備を目指す。

「一カ国、約1000人の兵士で、ロシア軍を止められるわけではないが、」とリトアニアのグリボウスカイテ大統領は言う。「しかし、NATOの軍が私たち、ロシアと国境を接する国に常駐することは、象徴として大事なのだ。」と。
「もし、ロシアが攻めてきたら、 NATO加盟国全てを敵に回すことになる」というメッセージをはっきりと示すことで、ロシアの行動を抑制できれば・・・との思いがにじむ。

NATO事務総長ストルテンベルグ氏は、「2014年にロシアがクリミア半島を武力で併合し、ウクライナ東部の親ロシア派の支援をつづけてきたことで、状況は大きく変わった。我々はこれに、きちんと対処しなくてはならない」とコメント。東方・バルト海周辺だけではなく、南東部のルーマニアなど、「黒海周辺」での強化策も打ち出した。

 

しかし、一方で「NATOは“新しい冷戦”を望んでいるわけではない」として、今後も様々なチャネルでロシアとの対話を進めていきたいと強調した。

オバマ大統領もメルケル首相も、それぞれに、ロシアとの外交的対話、信頼の再構築へ向けての努力を呼びかけてきた。

 

 

今回のサミットは、二つのメッセージを強く押し出すことになった。
『NATOが一体となって、防衛協力を推し進める強い決意』と、一方で
『ロシアとの対話を進めていきたいという希望』だ。

 

 

2014年に開かれてからは、今回が初めてフルメンバーで揃った NATOのサミット。

ギリシャの首相の「おっとっと発言」もあったが、オバマ大統領がピシャリ、とはねつけた。Brexitにもかかわらず、イギリスが NATOの中で、変わらぬ大きな貢献をしていくと発言し、エストニアでは NATO軍を率いると断言したのだから、このサミットは、総じて、「成功」だったと言える。

きっちりと「加盟国の団結」を示せた意義は大きい。

ほっと胸をなでおろした首脳も多かったに違いない。

 

 

しかし、開催国ポーランドの外務大臣は、会談前に「楽観はできない。ロシアに対しては、現実的な対応が必要だ」と厳しい見方を示している。

リトアニアとポーランドの国境に接するロシアの飛び地カリーニングラードに、ロシア軍の兵力が増強されているという情報もある。なんらかの偶発事態が起こることへの警戒もある。

 

アメリカとヨーロッパの各国がこれだけ真剣に討議している、もしかしたら「第二の冷戦」とも呼べる世界的な状況への対応だが、日本で一体、どの程度報道されているのだろう。少し不安になる。

 

日本にとっても、21世紀に入って、様々な「新しい脅威」が見えてきている。

ヨーロッパでの、イギリス、ドイツ、アメリカをも含めた真剣な取り組みを「対岸の火事」、 まるで、他人事のように見ていて良いのだろうか?

心配になる。

 

掲載写真引用先[:]

-世界の今と日本