松富かおり 公式ブログ

Kaori Matsutomi Official Blog

世界の今と日本

世界一安全な国日本から考える、テロに備える知恵

2016/07/12

07071

バングラデシュで亡くなった方々には心から哀悼を捧げたい。
( I will translate this to English later)

それにしてもこの1週間は今までで、もっともテロの多かった週と言えるかもしれない。

6月28日、トルコ、イスタンブール空港で爆弾テロ事件があり、44人が死亡、200人以上が負傷した。政府はテロ実行犯以外に数人を逮捕し、 ISとの関係が疑われている。

7月1日、バングラデッシュ、ダッカでレストランが銃を持った男らに襲われ、人質となった方々のうち20人が死亡。また、警官2人も死亡した。

事件後、犯人たちは多くが裕福な家庭で育ったバングラデシュ人の若者であったことが判明し、衝撃が走った。すぐに ISが犯行声明を出し、また、人質たちの様子や、犯人が ISの旗の横で笑っている写真などが流れ、インターネットなどで ISの影響を受けた若者の犯行であることが確認された。

7月3日、イラク、バグダッド近郊で、2件の爆弾テロがあり、買い物客ら、少なくとも136人が死亡。200人以上が負傷した。やはり ISの関与が疑われている。

7月3日、サウジアラビアのメディナなど3つの都市で自爆テロがあり、4人が死亡。

7月5日(ラマダン最終日)、シリア北東部の食料品店で自爆テロがあり、少なくとも子供3人を含む16人が死亡、多数の負傷者が出た。

 

これらのテロ事件はすべて、イスラムのラマダンの最終週に起こってしまった。

IS がラマダンに合わせて、ネットなどでテロを呼びかけていたので、各国は警戒態勢を強めていたのだが、残念ながらすべてを阻止することはできなかった。

ラマダンとは、イスラム教徒にとっては最も神聖な断食の月で、約1ヶ月間、太陽が出てから沈むまでの間は、何も飲んだり、食べたりしない。

それにより、富めるものも、貧しくて飢えている人々と同じ苦痛を共有し、連帯感を強める、という意味もある。毎年、太陽暦では少しづつずれて、今年は6月6日に始まり、7月5日まで続いた。

 

すべての関与が証明されたわけではないが、多くのテロに直接的、あるいは間接的に関与をしてきたとされる ISは、イラクとシリアで、守勢に立たされている。しかし、その分、海外でのテロをますます活発化しているように見える。

文頭にあげた事件は、すべてイスラム圏で起きてはいるが、イスラム圏以外でも多くのテロが発生している。

2015年にパリで起こった同時多発テロ事件は、レストラン、バー、劇場などで自爆テロや銃による乱射が起き、死者130名、負傷者300名を出し、世界を震撼させた。犯人たちは、フランスとベルギーを行き来しており、ヨーロッパ各国の連携によるテロの阻止の必要性が改めて認識された。

実際に、イギリスでもドイツでも ISが関係しているとみられるセル(活動グループ)が確認されている。

 

一体、いつから世界はこんなにも危険なものになってしまったのだろう。

思い出されるのは、2001年9月11日に起こったアメリカの同時多発テロだ。

私たちはトルコに赴任していたが、緊急の電話で、慌てて CNNをつけると信じがたい光景が映し出されていた。貿易センタービルが煙を吹き出しながら、崩折れていく・・・。最初はあれが、現実に起こっていると信じることができなかった。映画のシーンなのではないかと疑ったが、全容が明らかになるにつれ、全身の筋肉が緊張した。

「私たちは、『戦争の時代』に突入してしまった。これは、きっと、始まりでしかない・・・。」

その予感は、残念ながら、当たってしまった。

 

今、この原稿を書いている最中にも、パレスチナ西岸で、イスラエル人3人が、車でぶつかってくるというテロで負傷した、というニュースが携帯に飛び込んでくる。

07072

写真はイスラエルとパレスチナを分ける壁と「検問所」。

私が初めてムスリム世界と交わったのは、夫が外務省の中東局長になった時だった。その時に、東京に赴任していた主にアラブ各国、イラン、イスラエルの大使たち、そしてその奥様との交流が始まった。

私にとっては、人生の新しい扉が開いたようで、異国の文化や伝統に魅せられた。奥様たちは、皆仲が良く、よく笑い、よく集まった。アラブ料理は、思いのほか、野菜が豊富で、濃いコーヒーもミント・ティーも美味しかった。その時の友達は、今でも私の宝物だ。

そして、2013年11月、私は NGOの一員として、初めてパレスチナの地を訪れた。アラファト廟で献花をし、アッバス大統領と握手して、「どうぞ、ここにいる方々を幸せにしてあげてください」と伝えることもできた。今から思うとなんとナイーブな、と思うけれど。

そして、2014年、8月、夫がイスラエル大使となり、テルアビブに同行した。ちょうど、イスラエルは、ガザのハマス(パレスチナの武力組織)と武力衝突中で、私が最初に受けたレクチャーは、ガザからロケットが飛んできたら、どう行動すべきか、というものだった。

「建物の中にいる時は1分半以内にシェルターに飛び込むこと」「運悪く移動中だったら、車から降りて、道路の路肩に突っ伏すように。できれば、毛布のようなものを車に常備し、飛んできた車やビルの破片で負傷しないように体を覆うこと。」

一体、どんなところにいくのか −−− 2013年に2日間だけイスラエルに行ったことはあったし、イスラエルの友人もいたからパニックにはならなかったけれど、不安がなかったとは言えない。

 

バングラデシュの事件の報道を聞いた時、最初に思ったのは、2013年にアルジェリアで起こった人質事件だった。ガス精製プラントが武装勢力に襲撃され、外国人41人とアルジェリア人150人が人質として拘束された。アルジェリア人は間もなく解放された。特殊部隊の突入で一部の人質は解放されたが、日本人10人と、アメリカ人、フランス人、イギリス人など、計37人の外国人の死亡が確認された。

 

バングラデシュでも、「私は日本人だ。殺さないでくれ」という言葉は、聞き入れられなかった。アルジェリアでもそうだった。現在、テロ行為を行うグループにとって、日本が平和国家であろうが、その国の経済の発展のために尽くしていようが、関係ない。

今や、 ISにとって、 ISへの攻撃をしている国か、そうでないかすら、関係ないのだ。攻撃しなければ、攻撃されることはない、という論理は、もはや通用しない。

「外国人を人質にとれば、交渉ができる」あるいは、「外国人を傷つければ、全世界に報道されて、グループのアピールの材料になる」それだけが、彼らに通じる論理だ。

彼らがことを起こすのは、中東やイスラム圏だけではない。アメリカでもヨーロッパでも、アフリカでも、アジアでも、インターネットを使った「宣伝」で、理不尽としか言いようのない暴力を引き起こすことに成功している。同胞であるムスリム(イスラム教を信じる人)を巻き込むことさえ厭わない。

 

日本は今、世界一安全な国、と言われる。
では、日本国内にいれば、安全なのか?
海外に出ることをやめて、「ガラパゴス化」を計れば良いのか?
そんな国になって良いのか?

残念ながら、資源のない日本は今、一国だけでは生きていけない。よしんば、生きていくことができたとしても、何かしらの脅威が、必ず外からやってくる。

それに、過去オウム真理教のサリン事件が起こったように、日本国内からの脅威がいつ起こっても不思議ではないのだ。誰も、100%の安全を保障することはできない。

それならば、考え方を変えて、いっそ、海外との関係をきちんと維持しつつ、何かが起こった時にリスクを最小限に留める方法を学んだ方が良いのではないだろうか?

そんな思いから、【テロからのリスクを最小限に抑える8つの知恵】を執筆中です。
7月13日(木)配信のオフィシャルマガジンにて紹介するので、是非ご登録ください。

matsutomikaori@e.bme.jp
上記に空メールでご登録いただくか、以下の登録フォームよりお手続きを。

https://e.bme.jp/bm/p/f/tf.php?id=matsutomikaori

残念ながら、平和を祈り、平和のために行動を起こしたとしても、争いはすぐには無くならない。
一人でも多くの命が悲しく散る事の無いように…

だから、私は伝え続けます。[:en]07071

バングラデシュで亡くなった方々には心から哀悼を捧げたい。
( I will translate this to English later)

それにしてもこの1週間は今までで、もっともテロの多かった週と言えるかもしれない。

6月28日、トルコ、イスタンブール空港で爆弾テロ事件があり、44人が死亡、200人以上が負傷した。政府はテロ実行犯以外に13人を逮捕し、 ISとの関係が疑われている。

7月1日、バングラデッシュ、ダッカでレストランが銃を持った男らに襲われ、人質となった方々のうち20人が死亡。また、警官2人も死亡した。

事件後、犯人たちは多くが裕福な家庭で育ったバングラデシュ人の若者であったことが判明し、家族らに衝撃が走った。すぐに ISが犯行声明を出し、また、人質たちの様子や、犯人が ISの旗の横で笑っている写真などが流れ、インターネットなどで ISの影響を受けた若者の犯行であることが確認された。

7月3日、イラク、バグダッド近郊で、2件の爆弾テロがあり、買い物客ら、少なくとも136人が死亡。200人以上が負傷した。やはり ISの関与が疑われている。

7月3日、サウジアラビアのメディナなど3つの年で自爆テロがあり、4人が死亡。

7月5日(ラマダン最終日)、シリア北東部の食料品店で自爆テロがあり、少なくとも子供3人を含む16人が死亡、多数の負傷者が出た。

 

これらのテロ事件はすべて、イスラムのラマダンの最終週に起こってしまった。

IS がラマダンに合わせてネットなどで、テロを呼びかけていたので、各国は警戒態勢を強めていたのだが、残念ながらすべてを阻止することはできなかった。

ラマダンとは、イスラム教徒にとっては最も神聖な断食の月で、約1ヶ月間、太陽が出てから沈むまでの間は、何も飲んだり、食べたりしない。

それにより、富めるものも、貧しくて飢えている人々と同じ苦痛を共有し、連帯感を強める、という意味もある。間位置し、太陽暦では少しづつずれて、今年は6月6日に始まり、7月5日まで続いた。

 

すべての関与が証明されたわけではないが、多くのテロに直接的、あるいは間接的に関与をしてきたとされる ISは、イラクとシリアで、守勢に立たされている。しかし、その分、海外でのテロをますます活発化しているように見える。

文頭にあげた事件は、すべてイスラム圏で起きてはいるが、イスラム圏以外でも多くのテロが発生している。

2015年にパリで起こった同時多発テロ事件は、レストラン、バー、劇場などで自爆テロや銃による乱射が起き、死者130名、負傷者300名を出し、世界を震撼させた。犯人たちは、フランスとベルギーを行き来しており、ヨーロッパ各国の連携によるテロの阻止の必要性が改めて認識された。

実際に、イギリスでもドイツでも ISが関係しているとみられるセル(活動グループ)が確認されている。

 

一体、いつから世界はこんなにも危険なものになってしまったのだろう。

思い出されるのは、2001年9月11日に起こったアメリカの同時多発テロだ。

私たちはトルコに赴任していたが、夫からの緊急の電話で、慌てて CNNをつけると信じがたい光景が映し出されていた。貿易センタービルが煙を吹き出しながら、崩折れていく・・・。最初はあれが、現実に起こっていると信じることができなかった。映画のシーンなのではないかと疑ったが、全容が明らかになるにつれ、全身の筋肉が緊張した。

「私たちは、『戦争の時代』に突入してしまった。これは、きっと、始まりでしかない・・・。」

その予感は、残念ながら、当たってしまった。

 

今、この原稿を書いている最中にも、パレスチナ西岸で、イスラエル人3人が、車でぶつかってくるというテロで負傷した、というニュースが携帯に飛び込んでくる。

07072

写真はイスラエルとパレスチナを分ける壁と「検問所」。

私が初めてムスリム世界と交わったのは、夫が外務省の中東局長になった時だった。その時に、東京に赴任していた主にアラブ各国、イラン、イスラエルの大使たち、そしてその奥様との交流が始まった。

私にとっては、人生の新しい扉が開いたようで、異国の文化や伝統に魅せられた。奥様たちは、皆仲が良く、よく笑い、よく集まった。アラブ料理は、思いの外ほか、野菜が豊富で、濃いコーヒーもミント・ティーも美味しかった。その時の友達は今でも私の宝物だ。

そして、2013年11月、私は NGOの1員として、初めてパレスチナの地を訪れた。アラファト廟で献花をし、アッバス大統領と握手して、「どうぞ、ここにいる方々を幸せにしてあげてください」と伝えることもできた。今から思うとなんとナイーブな、と思うけれど。

そして、2014年、8月、夫がイスラエル大使となり、テルアビブに同行した。ちょうど、イスラエルは、ガザのハマス(パレスチナの武力組織)と武力衝突中で、私が最初に受けたレクチャーは、ガザからロケットが飛んできたら、どう行動すべきか、というものだった。

「建物の仲にいる時は1分半以内にシェルターに飛び込むこと」「運悪く移動中だったら、車から降りて、道路の路肩に突っ伏すように。できれば、毛布のようなものを車に常備し、飛んできた車やビルの破片で負傷しないように体を覆うこと。」

一体、どんなところにいくのか −−− 2013年に2日だけイスラエルに行ったことはあったし、イスラエルの友人もいたからパニックにはならなかったけれど、多少の不安がなかったとは言えない。

 

バングラデシュの事件の報道を聞いた時、最初に思ったのは、2013年にアルジェリアで起こった人質事件だった。天然ガス精製プラントがアル・カイーダ系の武装勢力に襲撃され、外国人41人とアルジェリア人150人が人質として拘束された。アルジェリア人は間もなく解放された。特殊部隊の突入で一部の人質は解放されたが、日本人10人と、アメリカ人、フランス人、イギリス人など、計37人の外国人の死亡が確認された。

 

バングラデシュでも、「私は日本人だ。殺さないでくれ」という言葉は、聞き入れられなかった。アルジェリアでもそうだった。現在、テロ行為を行うグループにとって、日本が平和国家であろうが、その国の経済の発展のために尽くしていようが、関係ない。

今や、 ISにとって、 ISへの攻撃をしている国か、そうでないかすら、関係ないのだ。攻撃しなければ、攻撃されることはない、という論理は、もはや通用しない。

「外国人を人質にとれば、交渉ができる」あるいは、「外国人を傷つければ、全世界に報道されて、グループのアピールの材料になる」それだけが、彼らに通じる論理だ。

彼らがことを起こすのは、中東やイスラム圏だけではない。アメリカでもヨーロッパでも、アフリカでも、アジアでも、インターネットを使った「宣伝」で、理不尽としか言いようのない暴力を引き起こすことに成功している。同胞であるムスリム(イスラム教を信じる人)を巻き込むことさえ厭わない。

 

日本は今、世界一安全な国、と言われる。
では、日本国内にいれば、安全なのか?
海外に出ることをやめて、「ガラパゴス化」を計れば良いのか?
そんな国になって良いのか?

残念ながら、資源のない日本は今、1国だけでは生きていけない。よしんば、生きていくことができたとしても、何かしらの脅威が、必ず外からやってくる。

それに、過去オウム真理教のサリン事件が起こったように、日本国内からの脅威がいつ起こっても不思議ではないのだ。誰も、100%の安全を保障することはできない。

それならば、考え方を変えて、いっそ、海外との関係をきちんと維持しつつ、何かが起こった時にリスクを最小限に留める方法を学んだ方が良いのではないだろうか?

そんな思いから、【テロからのリスクを最小限に抑える8つの知恵】を執筆中です。
7月13日(木)配信のオフィシャルマガジンにて紹介するので、是非ご登録ください。

matsutomikaori@e.bme.jp
上記に空メールでご登録いただくか、以下の登録フォームよりお手続きを。

https://e.bme.jp/bm/p/f/tf.php?id=matsutomikaori

残念ながら、平和を祈り、平和のために行動を起こしたとしても、争いはすぐには無くならない。
一人でも多くの命が悲しく散る事の無いように…

だから、私は伝え続けます。[:]

-世界の今と日本