松富かおり 公式ブログ

Kaori Matsutomi Official Blog

世界の今と日本

バングラデシュ 人質立てこもり事件 Tragedy in Bangladesh

2016/07/12

5_s

バングラデシュの人質立てこもり事件は、日本人にとってあまりにも、衝撃的だった。(English follows)

今回カフェで食事をしている最中に人質となった方々は JICAのバングラデシュへの経済協力の円借款のプロジェクトに参加している民間企業の方8人を含む外国人。10時間余りのネゴシエーションの後、100人を超える治安部隊や軍がカフェに突入し、テロリスト6人を射殺、1人を逮捕。13人の人質が救出された。

人質は日本人8名、イタリア人9名、インド人1名、アメリカ人1名を含む外国人とバングラデシュ人の店員だった。日本人1人の救出は確認された。しかし、最終的には、7名の日本人の死亡が確認され、犠牲者はイタリア人9人、アメリカ人1人、インド人1人、そしてバングラデシュ人となってしまった。

IS(イスラミック・ステート)が犯行声明を出しているが、まだ真偽は明らかになっていない。ただ、「アラーは偉大なり」と叫んでいたとの目撃情報などから、犯行はイスラム過激派によるものと推定される。一部のメディアはコーランを復唱できなかったものは、ひどい扱いを受けたとも伝えている。

カフェは外国人が集まることで知られていたことから、襲撃者は、世界に報道される効果を読んで、外国人が集まる場所を標的にしたのではと思わせる。

また、ラマダン(イスラムの神聖な断食の月)の最中は、過激な行動が起こりやすい。また、イスラム圏では、やはり、金曜日は特別な日なので、信仰あつい人々とそうではない人のフリクションが高まりやすい日でもあった。

 

JICAは、国際協力と、日本や世界経済の健全な発展を目指すために作られた「国際協力機構」で、発展途上地域の社会や経済の安定のために働いている日本の機関だ。今回人質になってしまった方々は JICAの支援プロジェクトに参加している民間のコンサルタント企業の方々だった。

仕事半ばで倒れた方々の無念、遺族の方々の悲しみを思うと胸が痛む。
不条理なテロに怒りがこみ上げる。
戦闘用車両の出動や、治安部隊の出動。現場の阿鼻叫喚。
家族ではなくとも、日本人のほとんどが大きな衝撃を受けた。
悲しい。悔しい。

何より、怒りがこみ上げる。

しかし、時間が経つにつれ、私の心の中に、もう一つの「恐れ」が形を成してきた。
この悲惨な事件によって、さらに日本人の「海外は怖い」「海外には行きたくない」という気持ちが強まってしまうのではないか。
私には、それも怖い。

日本は第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けたが、国民が必死で国の再建に力を尽くし、やがて貿易立国として復活し、「奇跡的」とさえ言われる経済成長を遂げた。

日本は世界で生き延びるためには、できるだけ早く工業化を進めなければならないと知っていた。
しかし、資源のない日本が生産を行うためには、資源を輸入するしかない。多くの企業戦士たちが、世界のあらゆるところに資源を求めて出て行った。そのためには、基本的な国際関係をまず、築かなければならなかった。
そして、国内で作った製品を売るために、必死で海外の販売ルートを開拓してきた。言葉さえ通じない国々に飛び込み、日本の再建をかけてひたすらに献身的な努力を続けた。彼らのこの努力なしに日本は再興できなかったのだ。
しかも、貿易黒字が拡大して経済紛争に発展すると、日本企業は海外で生産し、海外で売るために多くの企業を海外進出させてきた。

彼らの血の滲むような努力が、献身がなかったら、今の日本の経済的な繁栄はない。
今や、日本経済は成熟の段階に入っており、国内の需要も大きい。しかし、海外で、言語、文化、習慣、食材、そして何よりも「安全」———という不便にもかかわらず、必死で頑張っている人たちがいるからこそ、安全な日本国内の人々が恩恵を受けている事実に変わりはない。

また、経済大国となった日本は、国際社会で大国としての務めを果たすべく、 ODA(政府開発援助)や、 JICA(国際協力機構)を通して、途上国の発展を支援してきた。 JICAの前身は、敗戦から僅か10年足らずで活動を始めた。自国だけが繁栄するのではなく、他の国々の経済や社会が安定してこそ、ともにより平和な経済繁栄を実現できるという発想が根底にある。

イスラエルにいた時に、JICAが整備してきたジェリコの近く、パレスチナ・サイドにある「ジェリコ農産加工団地」視察に行ったことがある。そこでは、パレスチナの企業がものを作り、イスラエルの協力により、ヨルダンに出荷して、周りのアラブ圏に販売を行うという「夢」が進行中だった。
パレスチナの経済的水準を上げることで、なかなか明るい展望の見えない「イスラエルーパレスチナ問題」に少しでも明るい光が差すことを目指した日本のプロジェクトだった。最初の工場が試験運転を始め、オリーブの葉からサプリメントを製造する過程を自分の目で見た時には、どれだけ嬉しかったことか・・・。

パレスチナ

最近、海外へ留学したいという若者が減少していると聞く。また、海外への転勤のある企業への入社希望も減っている、という話も聞いた。
こういう風潮が、海外のニュースに鈍感になっている日本の姿を映しているようで心配になる。

EU離脱の国民投票(ブレキジット)によって、イギリスは、世界とつながる最も大事な絆の一つを断ち切る選択をした。
今になって、「考え直したい」「もう一度レファレンダムを!」「国会の議決で否定すべきだ!」など、多くの国民がことの重大さに気づき、後悔しているが、すでに遅い。歴史は動き始めてしまった。致命的なミスは時によっては取り返しがつかないのだ。少なくとも EU側は、「2度目のレファレンダムはない」とつきはなしている。メルケル首相はじめEUのリーダーたちは、「いいとこ取りはできない」、「イギリスは一つのマーケットへのアクセスを維持したいのならば、人の移動の自由も受け入れなければならない。セットで受け入れるか、完全に離婚するのか、イギリスは選択しなければならない」と迫っている。

ブレキジットによって、イギリスの世界政治への影響力は徐々に弱まっていく。アメリカにとっての「ヨーロッパへの最大の架け橋」という地位もすでに失いかけている。
おそらく、イギリスは、「ヨーロッパの金融の中心としてのシティー」を失い、また、 EU圏内から移住していた多くの優秀な人材を失うことになるかもしれない。そうなったら、経済的にも、これまでのような繁栄を謳歌することは決してないだろう。

翻って日本人の内向きな姿勢を考える時、「レファレンダム(国民投票)」という劇的な「選択」こそしていないが、日本は徐々に、自分たちも意識しないままに、「世界」から「取り残される道」を選んでいるのではないかと心配になる。「無関心」はとても危険なものなのだ。

現代の世界で、国際的な動きに背を向けるということは、「ゆっくりと衰退・縮小に向かっている」、というのと同じことだ。いや、「破滅」に向かっているのと同じとさえ言えるかもしれない。

江戸時代、日本は確かに、鎖国政策の下でも生き残ってこれた。それは、日本を取り巻く海が日本を守ってくれていたからだ。蒸気船のない時代、鋼鉄で作られた船のない時代、海を渡って他国を征服するというのは容易なことではなかった。

しかし、当時と今では状況が全く違う。
周辺の国々は、長距離ミサイルを持ち、軍艦を持ち、中には、核ミサイルを海中深くから発射することのできる潜水艦すら持っている国もある。
もし、万一、日本が世界の進歩から「取り残されるような道」を歩むのであれば、国の存亡にかかわるのだ。

私たちは、イギリスのように劇的な「インかアウトか」という国民投票こそしていない。しかし、日々、私たちが何気なく行っている小さな判断の積み重ねが、もしかしたら「日本の、世界からの離脱」につながってしまうかもしれないことを私たちはきちんと知っておくべきだと思う。

私たちは、「無関心」が引き起こす事態の重大さに気づかなければならない。

特に内向きの傾向を見せている日本の若い人々に、戦後、私たちが、世界と繋がることで築き上げてきた、今の日本を守ることの大切さに思いを馳せて欲しい。

幸いなことに、日本にはまだ時間がある。歴史の中で、振り返って「正しい判断をすることができた」と思えるような選択を日々、私たちがしていけるよう、心から祈っている。

 


 

 

 

-世界の今と日本